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筐体の中は思ったより熱い — 放熱と通気、そして電源まわりの安全設計

ゲンキ

筐体の中は思ったより熱い — 放熱と通気、そして電源まわりの安全設計

夏の窓際に置いた箱が、いつのまにか歪んでいた。密閉したケースに入れた基板が、ファンもないのに勝手に性能を落としていた——3Dプリント 筐体 放熱の問題は、組み上がった直後には見えない。数日後、あるいは季節が変わったころに顕在化する。しかも一度歪んだ樹脂は元に戻らない。本記事では、樹脂が何度で負けるのかを技術データシートの実測値で確認し、発熱する基板を抱える箱にどう空気を通すか、そして電源まわりでどこに線を引くべきかを整理する。設計の最初に決めておけば、あとで泣かずに済む種類の話である。

密閉した箱の中は、外より確実に熱い

当たり前のことから確認したい。閉じた箱の中で電子回路が動けば、消費した電力はほぼすべて熱になる。その熱の逃げ道は、樹脂の壁を通る伝導と、わずかな隙間からの空気の出入りしかない。樹脂は金属に比べて熱を通しにくいため、内部の温度は室温より高い水準で釣り合う。

問題は、この「高い水準」がどのくらいかを、設計者が事前に把握していないことだ。数ワットの発熱でも、密閉された小さな箱の中では容易に室温プラス十数度から数十度に達する。そこへ夏場の室温や直射日光が加われば、絶対値は一気に上がる。

つまり、内部温度は「室温+発熱による上昇分」で決まる。屋内の空調が効いた部屋なら室温側は 25°C 前後で安定するが、夏の窓際、締め切った車内、屋外の直射日光下では、そもそもの出発点が違う。同じ回路、同じ箱でも、置き場所を変えただけで結果が変わるのはこのためだ。

「溶ける温度」ではなく「軟らかくなる温度」で考える

樹脂の耐熱を語るとき、最もよくある誤解が「融点まで大丈夫」というものだ。これは完全に間違っている。

Polymaker の PolyLite PLA の技術データシートによれば、融点は 150°C とされる。しかし同じデータシートには、ガラス転移温度が 61°C(DSC、10°C/min)、ビカット軟化温度が 63°C(ISO 306)、荷重たわみ温度が 0.45MPa 条件で 60°C、1.8MPa 条件で 58°C と記されている。

実務で効くのは後者の 60°C 前後だ。ガラス転移温度とは、樹脂が硬いガラス状態からゴム状態へ移り変わる温度を指す。この領域に入った樹脂は、まだ形は保っているが、力がかかれば変形する。荷重たわみ温度は、その「力がかかったときにたわむ温度」を規定の条件で測った値である。

ここで重要なのは、荷重たわみ温度には測定条件がセットで付くということだ。0.45MPa と 1.8MPa では値が違う。数字だけを見て「PLA は 60°C まで大丈夫」と覚えるのは危険で、正しくは「0.45MPa の荷重条件で 60°C」である。実際の筐体にかかる荷重はもっと小さいこともあれば、ネジで締め付けられた部分のように局所的に大きいこともある。

そして、変形は温度を超えた瞬間に起きるとは限らない。少し下の温度でも、長時間かかり続ける荷重(自重、ネジの締め付け、ケーブルの張力)があれば、じわじわとクリープ変形が進む。「一度も 60°C を超えていないのに歪んだ」という現象は、こうして起きる。

素材別の耐熱を数値で並べる

判断の土台として、Polymaker が公開している技術データシートの値を並べる。すべて同一メーカーの測定なので、条件を揃えた比較になる。

材料ガラス転移温度ビカット軟化温度荷重たわみ温度 0.45MPa荷重たわみ温度 1.8MPa
PolyLite PLA61°C63°C60°C58°C
PolyLite PETG81°C84°C78°C75°C
Polymaker ASA98°C105°C103°C100°C
PolyLite PC113°C120°C111°C107°C

PLA から PETG へ移るだけで、荷重たわみ温度は 20°C 近く上がる。これは実用上きわめて大きな差だ。60°C と 78°C の間には、「夏の車内で歪むかどうか」という具体的な境界が横たわっている。

ASA はさらに 25°C ほど上を行き、加えて耐候性を持つ。Polymaker は同材料を「耐候性を改善した ABS の代替」と位置づけ、紫外線への耐性を特徴として挙げている。屋外に置く箱で ASA が選ばれるのは、耐熱と耐候の両方が要るからだ。

PC は 100°C を超える領域に届くが、印刷の難度は跳ね上がる。高い造形温度、反りやすさ、吸湿性への対処が要る。必要のない耐熱を求めて造形を難しくするのは得策ではない。設置環境から逆算して、必要十分なところで止めるのが正しい選び方である。

機械特性も並記しておくと判断しやすい。ASA の切欠きシャルピー衝撃強さは X-Y 方向で 10.3 ± 0.4 kJ/m² と、PLA の 3.3 ± 0.2 kJ/m² や PETG の 2.6 ± 0.2 kJ/m² を大きく上回る。屋外で落としたり、ぶつけたりする可能性のある箱では、この差も効く。一方で ASA の引張強度は X-Y で 43.8 ± 0.8 MPa と、PLA の 52.3 ± 0.3 MPa より低い。耐熱・耐候・靭性と引き換えに、硬さと強さでは PLA に譲る場面がある——という理解が、正確なところだ。

先に負けるのは基板ではなく箱である

ここで、筐体設計における最も重要な認識を提示したい。多くの構成において、熱で先に壊れるのは電子部品ではなく樹脂の箱である

Raspberry Pi の公式ドキュメントによれば、コア温度が 80°C から 85°C の間に入ると Arm コアが段階的にクロックを落とし、85°C に達すると Arm コアと GPU の両方が制限される。85°C はすべてのモデルで許容される上限であり、この値を引き上げることはできない。つまりチップ側は、85°C までは「性能は落ちるが壊れない」ように設計されている。

Arduino の UNO R4 WiFi も同様だ。公式データシートの推奨動作条件には、動作温度として最小 −40°C、標準 25°C、最大 85°C が示されている。

一方、PLA の荷重たわみ温度は 58〜60°C である。数字を並べれば結論は明らかだ。基板が「まだ動作範囲内」の温度で、PLA の筐体はすでに軟化領域に入っている。ボスが自重で沈み、蓋の合わせ面が歪み、ネジの締め付け部が陥没する。基板は正常に動いているのに、箱が先に形を失うのだ。

この非対称性を理解すると、材料選定の優先順位が変わる。「チップが耐えられる温度」ではなく「箱が耐えられる温度」を設計の制約として扱うべきである。発熱する基板を密閉するなら、PLA は最初から候補から外すのが妥当だ。

設置環境から材料を決める

材料選定を、設置環境の3つの質問に還元する。

室内か、屋外か。屋内の空調がある環境なら、室温側の変動は小さい。屋外なら日射と気温の両方が乗り、加えて紫外線による劣化も考慮に入る。屋外の箱は ASA が第一候補になる。

直射日光が当たるか。窓際も含む。黒い樹脂の表面温度は、直射日光下で気温を大きく上回る。室内であっても、南向きの窓辺に置く箱を PLA で作るのは避けたい。

内部に発熱源があるか。連続動作する SBC、電源回路、モータードライバ、大電流の LED。これらを抱えるなら、密閉は成立しない前提で設計を始める。

この3問に「いいえ」が並ぶなら PLA で十分だ。ひとつでも「はい」があれば PETG から上を検討する。屋外と発熱の両方に「はい」がつくなら ASA、そこに機構的な負荷が加わるなら PC という階段になる。

材料を上げると印刷の難度も上がることは、繰り返し確認しておきたい。反り、層間接着、造形温度、乾燥の要求。使いこなせない材料で失敗するくらいなら、使いこなせる材料で設置場所を変えるほうが、実務としては正解である場合も多い。

通気の設計 — 下から入れて上から出す

材料で耐えるのが第一の手なら、そもそも温度を上げないのが第二の手だ。

自然対流を使う設計の原則は単純である。冷たい空気を下から入れ、温まった空気を上から出す。暖まった空気は軽くなって上昇するので、この配置に沿って開口を設ければ、ファンなしでも空気は動く。逆に、上下のどちらか一方にしか開口がない箱では、空気は入れ替わらない。側面の同じ高さに2つ穴を開けただけの箱も、対流の駆動力が働かないため効果は限定的だ。

開口の形にも実務的な作法がある。単純な丸穴の並びは印刷が容易で、開口面積も稼げるが、上から埃と水が入る。斜めのルーバー(羽板)状にすれば、上方からの視線と落下物を遮りつつ空気は通せる。ルーバーは印刷の向きを選べばサポートなしで積める形状なので、45 度前後の傾きで設計するのが定石になる。

開口面積は、大きいほうが有利だが構造強度と引き換えになる。壁の一面を穴だらけにすれば、その面の剛性は落ちる。開口の間に十分な桟を残し、四隅と縁は塞がないという配分が現実的だ。開口を設けた壁は、内側に細いリブを1本走らせるだけで剛性が戻る。

そして、蓋の開け閉めをどう設計するか(2026-08-06 公開)で触れたとおり、通気と防塵は真っ向から対立する。両立させたいなら、開口を経路の長い迷路状にするか、フィルタを挟むしかない。何を優先するかは、置き場所が決める。

ファンとフィルタ、そして埃という敵

自然対流で足りなければ、ファンを使う。設計上の論点は3つある。

サイズと固定。汎用のファンは 25 / 30 / 40 / 60 / 80mm といった系列で流通しており、取付穴のピッチも規格化されている。ファンの実物を測り、開口とネジ穴を設計する。樹脂に直接ネジを切るとファンの振動で緩むので、ここはインサートを使いたい場面だ。

向き。吸気にするか排気にするかで、箱の中の圧力が変わる。吸気(内側へ吹き込む)にすると箱の中が陽圧になり、開口という開口から空気が出ていくため、隙間から埃が入りにくくなる。ただし吸気口にフィルタを付けないと、ファンが埃を直接送り込むことになる。排気(外へ引き出す)にすると陰圧になり、あらゆる隙間から埃を吸い込む。長期に据え置く機器では、フィルタ付きの吸気で陽圧に保つ構成が有利になる。

振動と騒音。ファンの振動は樹脂の箱を共鳴させる。ファンと筐体の間に薄いゴムや TPU で印刷したガスケットを挟むだけで、体感の騒音は大きく変わる。TPU で作った防振グロメットを印刷できるのは、3Dプリントを持っている強みそのものだ。

埃は、通気を設計した箱の宿命的な敵である。フィルタは必ず「掃除できる」構造にしておきたい。工具なしで外せる枠にフィルタ材を挟む構成にすれば、メンテナンスが現実に実行される。開けにくい場所に接着したフィルタは、二度と掃除されない。

ヒートシンクと筐体の熱的な関係

発熱の大きい部品には、ヒートシンクを付けることになる。ここで筐体設計に関わる論点がひとつある。

ヒートシンクは、周囲の空気に熱を渡すことで機能する。したがって、ヒートシンクの周囲に空気が動く空間がなければ、フィンは飾りになる。ヒートシンクを壁にぴったり寄せた設計は、放熱器の役割を無効化する。フィンの向きも重要で、自然対流を使うなら、フィンの溝は垂直方向に走っていなければ空気が抜けない。

もう一歩進めると、筐体そのものを放熱経路に使う手もある。発熱部品と筐体の内壁を熱伝導パッドで橋渡しし、壁全体から熱を逃がす構成だ。ただし樹脂は金属に比べて熱伝導率が低いため、この方法の効果は限定的である。むしろ、その壁の内側が局所的に高温になり、樹脂の軟化を招くリスクのほうが大きい。金属の板を筐体に埋め込んで熱の道を作る、といった設計は成立するが、それは 3Dプリント単体の話ではなくなる。

現実的な優先順位は、まず空気の通り道を作ること、次に材料の耐熱を上げること、最後に強制的に空気を動かすこと。この順で検討すれば、多くの箱は解決する。

難燃性を名乗る前に — UL94 は厚みとセットである

発熱と電気が絡むと、難燃性の話が出てくる。ここは正確に扱いたい。

UL 94 は樹脂の燃焼性を分類する規格で、Protolabs の解説によれば、水平燃焼の HB を最も低い等級とし、垂直燃焼では V-2、V-1、V-0、さらに 5VB、5VA という段階がある。V-0 は「垂直に保持した試験片で燃焼が 10 秒以内に停止し、燃えたまま滴下しない」水準を指す。V-1 は同じ条件で 30 秒以内、V-2 は 30 秒以内だが燃えた滴下が許容される、という違いになる。

ここで決定的に重要なのが、等級は試験片の厚みとセットで意味を持つという点だ。同解説は「1.5mm で合格した樹脂が 0.74mm では不合格になりうる」と明記し、材料の UL イエローカードで自分の使う配合と厚みの範囲がカバーされているかを確認するよう求めている。

この事実が意味するところは重い。仮に「UL94 V-0」と表示されたフィラメントを買ったとしても、その等級は特定の厚みの試験片で取得されたものであり、あなたが 1.2mm の壁で印刷した筐体がその等級を満たす保証はない。さらに FDM の造形物には内部に空隙があり、射出成形の試験片とは構造が違う。

したがって、実務上の結論はこうなる。自分の印刷物について「難燃」「V-0 相当」と称してはいけない。難燃性の要求がある用途では、認証を取得した既製の筐体を使う。3Dプリントは、その内部の保持具や、難燃性が要求されない部分に使う。この線引きが、最も安全で、最も正直な立ち位置である。

AC電源を筐体に入れないという判断

最後に、電源の話をする。編集部の立場を先に述べる。商用電源(AC100V)を扱う部分を、3Dプリントした自作の筐体に収めることは推奨しない

理由は3つある。第一に、前節で見たとおり、印刷物の難燃性を自分で保証できないこと。万一の発火時に、樹脂が燃え広がる素材でないと言い切る根拠がない。第二に、絶縁距離(沿面距離・空間距離)の確保が、目視や勘では担保できないこと。これは規格に基づいて設計・検証されるべき事項である。第三に、日本国内では電気用品安全法が関わる領域であり、法的な要件の判断は本記事の扱える範囲を超えること。

代わりに取るべき構成は明快だ。AC を扱う部分は、認証済みの市販 AC アダプタや電源ユニットに任せる。筐体に入れるのは、そこから出てきた低電圧の DC 側だけにする。この分離を守れば、発火のリスクも法的な論点も、大部分が既製品側に移る。

低電圧側であっても、電流が大きければ発熱する。リチウム電池を扱う場合は、熱暴走という別の危険が加わる。電池を密閉した樹脂の箱に閉じ込める設計は、膨張時の逃げ場と、万一の際の排気を考慮していなければ危険である。ここも、専門的な要求がある領域だと認識しておきたい。

3Dプリントでできることと、できないことの線を引く。これは技術的な敗北ではなく、成熟した判断である。

まとめ — 熱は設計の最初に決める

3Dプリント 筐体 放熱の要点を整理する。

樹脂は融点ではなく、ガラス転移温度と荷重たわみ温度で負ける。PolyLite PLA の荷重たわみ温度は 0.45MPa 条件で 60°C、1.8MPa 条件で 58°C。PETG は 78°C と 75°C、ASA は 103°C と 100°C、PC は 111°C と 107°C。荷重条件を書かない耐熱値には意味がない。

そして、多くの構成で先に負けるのは箱のほうだ。Raspberry Pi は 80°C から段階的にクロックを落とし 85°C が上限、Arduino の UNO R4 WiFi も動作温度の上限は 85°C。基板がまだ正常な温度で、PLA の筐体はすでに軟化している。

材料は設置環境の3問(室内か屋外か・直射日光が当たるか・内部に発熱源があるか)で決める。すべて「いいえ」なら PLA、ひとつでも「はい」なら PETG 以上、屋外と発熱の両方なら ASA。

通気は下から入れて上から出す。ルーバーで埃と水を切り、開口を設けた壁にはリブで剛性を戻す。ファンを使うならフィルタ付きの吸気で陽圧に保ち、フィルタは掃除できる構造にする。ヒートシンクの周囲には空気の動く空間を残す。

難燃性は自称しない。UL94 の等級は試験片の厚みとセットであり、1.5mm で合格した材料が 0.74mm で不合格になることがある。そして AC100V は自作筐体に入れず、認証済みの電源に任せて DC 側だけを扱う。

次は、ここまでの設計判断をどこまで AI に任せられるかという話になる。寸法を変数にしたパラメトリックな筐体を実際に生成し、どこまで到達できたかを検証する。全体の位置づけは3Dプリント 実用品 設計ロードマップ 2026(2026-07-26 公開)から辿れる。

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