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電子工作の筐体を3Dプリントで作る — 基板を箱に収めるまでの設計手順

ゲンキ

電子工作の筐体を3Dプリントで作る — 基板を箱に収めるまでの設計手順

はんだ付けは終わった。ファームウェアも書けた。それなのに、基板は裸のまま机の隅に転がっている——電子工作をやる人の多くが、この最後の一歩でつまずく。3Dプリント 筐体 設計は、その一歩を越えるための技術だ。市販のケースを探しても、コネクタの位置が合わない。自分で作ろうにも、どこから測り、何を決めればいいのかが分からない。本記事では、基板を箱に収めるまでの工程を7つに分解し、それぞれで決めるべき数値と、決め方の根拠を示す。扱うのは、机上の理論ではなく、失敗の回数を減らすための順序である。

基板は完成したのに、箱がない

電子工作の完成度は、回路ではなく筐体で決まる。これは精神論ではなく、実利の話だ。裸の基板は埃を吸い、ピンヘッダに何かが触れてショートし、机の上で場所を取り、他人に見せられない。「動くもの」と「使えるもの」の境界線は、たいてい箱の有無に引かれている。

にもかかわらず、筐体設計は電子工作の入門書からきれいに抜け落ちている。回路図の読み方は教わるが、Raspberry Pi 5 の取付穴が何ミリ間隔で開いているかを教わる機会はない。結果として多くの人が、いきなり CAD を開いて外形の直方体を描き、内側をくり抜き、そこで手が止まる。基板がどこに浮いているのか、USB ケーブルがどこから出るのか、蓋はどうやって閉まるのか——決めるべきことが同時に押し寄せて、身動きが取れなくなるのだ。

問題は難易度ではなく順序にある。筐体設計は、一度に考えると破綻するが、順番に決めていけば一つひとつは単純な作業に落ちる。そして 3D プリントには、射出成形にはない救いがある。金型を彫る世界では設計ミスの修正に数十万円と数週間が飛ぶが、私たちの世界では数十円のフィラメントと数時間の再印刷で済む。試行の回数を安く買えるからこそ、「完璧な一発目」ではなく「速い二発目」を狙う設計態度が正解になる。

筐体設計は7つの工程に分解できる

順序を先に示す。以下の7工程を上から順に片付けると、決定が衝突しなくなる。

工程決めること出力
1. 採寸基板と部品の実寸、コネクタの位置と高さ寸法メモ
2. 内部レイアウト基板の姿勢、部品の逃げ、配線の通り道内寸の下限
3. 外形と壁厚内寸+クリアランス+壁厚、コーナー半径箱の外形
4. 開口コネクタ穴、スイッチ穴、通気口の位置と寸法面の切り欠き
5. 固定基板の保持方式、ボスやインサートの配置内部の突起
6. 蓋分割位置、合わせ面、締結方式2部品以上の構成
7. 検証ゲージ印刷、干渉確認、試し組み修正リスト

この順序には理由がある。内寸が決まらなければ外形は決められないし、外形が決まらなければ開口の座標は打てない。逆に、外形を先に決めてしまうと「かっこいい寸法」に基板を押し込むことになり、あとで壁を貫通するボスや、閉まらない蓋が生まれる。内側から外へ——これが筐体設計の基本方向である。

もうひとつ重要なのは、工程7の検証を最後に置きつつ、実際には工程3の直後に一度差し込むことだ。詳しくは後述するが、本体を刷る前に小さなゲージを1枚刷るだけで、後半の手戻りが大きく減る。

工程1と2 — 実物を測り、内部レイアウトを決める

すべては採寸から始まる。ここで測るべきものは4つある。基板の外形寸法、取付穴の位置と径、実装部品の最大高さ、そしてコネクタの開口中心の高さと位置だ。

有名なボードなら公式の寸法図がある。Raspberry Pi 5 の場合、公式の機械図面(RP-008347-DS-1)に基板 85 × 56mm、取付穴のピッチ 58 × 49mm、穴径 Ø2.7mm、基板端からのオフセット 3.5mm と記載がある。ここまで分かっていれば、ボスの座標は計算で出せる。

ただし、この図面には注意書きが添えられている。曰く、記載寸法はすべて概算かつ参照用であり、製造データの作成に使ってはならない、寸法は部品公差と製造公差の影響を受ける、と。公式図面ですら「最終確認は現物で」と言っているわけだ。この一文は、筐体設計の心構えをそのまま表している。図面は出発点であって、答えではない。手元の基板をノギスで当たり、図面と食い違えば現物を採る。

そして多くの場合、あなたの基板に公式図面は存在しない。自作のユニバーサル基板や、中華通販で買ったモジュールがそれだ。この場合はノギスで測るしかないが、測る対象を絞れば作業は軽くなる。3Dプリント 修理 実践 2026(2026-07-25 公開)で述べた「機能寸法だけ測る」原則がここでも効く。基板の角の丸みや、シルク印刷の位置は測らなくていい。効くのは取付穴のピッチ、コネクタ面までの距離、そして一番背の高い部品の高さである。

コネクタの採寸には、少しコツがある。カタログに載っているのはコネクタ単体の寸法だが、筐体で必要なのは「基板を取り付けた状態で、開口の中心が底面から何ミリの高さに来るか」である。つまり測るべきは、基板の裏面を基準面としたときのコネクタ開口の中心高さと、基板端からコネクタ外面までの距離だ。基板の厚み(一般的なガラスエポキシ基板なら 1.6mm 前後)を足し忘れると、開口が丸ごと 1〜2mm ずれる。ノギスのデプスバーを使い、基板を平らな面に置いた状態で測るのが確実である。

内部レイアウトでは、基板の姿勢を先に決める。コネクタを1面に集めれば開口は楽になるが、配線が引き回しになる。基板を2段重ねにすれば設置面積は減るが、高さと放熱が厳しくなる。ここで紙に手描きの断面図を1枚描いておくと、後の工程が驚くほど速くなる。CAD より紙のほうが速い場面は確実に存在する。

工程3 — 最初に決まる3つの数値

外形を決める段になって、初めて数値の出番になる。押さえるべきは3つだ。

壁厚。製造サービスの Protolabs Network(旧 Hubs)は、筐体の壁について最小 2mm を推奨している。同社のネットワークで扱えるプリンターは 0.8mm 以上の壁を印刷できるが、これは「印刷できる」下限であって、「箱として使える」下限ではない。落としても割れず、ネジを締めても歪まない箱を作るなら、2mm を出発点に置くのが妥当だ。ノズル径 0.4mm なら、外周 2 本+内側の充填でちょうど収まる厚みでもある。

クリアランス。同社の設計指針では、内部部品の周囲に 0.5mm の隙間を確保することを推奨している。理由は変形・収縮・プリンターの寸法誤差を吸収するためだ。0.5mm は「なんとなくの余裕」ではなく、誤差の見積もりから来た数値である。実際、デスクトップ FDM の寸法精度は ±0.5%(下限 ±0.5mm)が一般的な目安で、100mm の箱なら片側 0.5mm 前後は当たり前に動く。この誤差論の詳細は3Dプリント 公差 設計入門 2026(2026-07-21 公開)で扱っているので、嵌合の設計に踏み込むならそちらを参照してほしい。

コーナー半径。角を丸めるのは見た目の問題ではない。大きな平面と鋭い角は反りの温床であり、応力集中の起点でもある。外形の角に 2〜3mm 程度のフィレットを回し、内側の隅にも小さな R を入れておくと、反りと割れの両方が減る。この効き方については3Dプリント 強度 設計実践 2026(2026-07-24 公開)で応力集中の観点から詳述した。

この3つが決まれば、外形寸法は算術で出る。内寸 =(基板と部品の実寸)+(クリアランス 0.5mm)、外形 = 内寸 +(壁厚 2mm × 2)。あとは足だの耳だのを足していくだけだ。

工程4と5 — 開口と固定は後から効いてくる

開口と固定は、設計の終盤で最も多くの手戻りを生む。理由は単純で、どちらも「現物と合っているか」がプリントするまで分からないからだ。

開口については、Protolabs Network はポートやプラグの周囲に 2mm のクリアランス(片側 1mm)を推奨している。ここで見落としやすいのが、規格上のコネクタ寸法とケーブル側のハウジング外形は別物だという点だ。USB Type-C のレセプタクル寸法に合わせて穴を開けても、太いブーツの付いたケーブルは刺さらない。測るべきは挿す側のケーブルである。

固定については、ネジ穴まわりの寸法規則が明快だ。同社の指針では、締結のためのネジ穴の周囲に最低でも穴径 1 個分の肉厚を確保するよう求めている。M5 のネジ穴なら周囲に 5mm の肉厚、という具合だ。加えて、貫通させたいクリアランス穴はネジ径に 0.25mm を足し、逆に樹脂に食い込ませたいセルフタップ穴はネジ径から 0.25mm を引く。プラスかマイナスかを間違えると、締まらないか割れるかのどちらかになる。

補強のリブやガセットは、壁厚の 75〜80% の厚みにするのが定石とされる。壁と同じ厚みにすると、その部分だけ樹脂が集中して冷却ムラとヒケを起こすためだ。基板を押さえる耳(ラグ)は幅 5mm 以上を確保する。細い耳は積層方向によっては一瞬で折れる。

なお、インサートナットや印刷ねじの選択そのものについては3Dプリント ねじ 完全ガイド 2026(2026-07-22 公開)で3方式を比較しているので、ここでは繰り返さない。筐体の文脈で覚えておくべきは、「開け閉めする蓋の締結にはインサートを使う」という一点である。樹脂に直接ネジを切る方式は、数回の開閉でバカになる。

工程6と7 — 蓋と、先にゲージを刷る文化

蓋の設計は、分割位置の決定から始まる。箱を上下に割るのか、前後に割るのか、あるいは底板だけを別部品にするのか。判断基準は「サポート材が要らない向きで各部品を印刷できるか」だ。上面が開いた箱は、開口部を上に向ければサポートなしで刷れる。蓋も平板なら同様だ。凝った分割は、たいていサポート地獄への入口になる。

合わせ面には段差を付ける。単純な突き合わせは、わずかな反りで隙間が開き、横方向のズレも止められない。片側にリップ(凸)、もう片側にグルーブ(凹)を作れば、位置決めと簡易的な防塵を同時に得られる。この凹凸のクリアランスこそ、公差設計が直接効く場所だ。

そして本題である。本体を刷る前に、小さなゲージを1枚刷る。名刺サイズの板に、実際に使うコネクタの開口と、ネジのクリアランス穴、リップとグルーブの断面を並べたものだ。印刷時間は 30 分程度で済む。この 1 枚があるかないかで、本体の刷り直し回数が変わる。5 時間かかる筐体を 3 回刷り直すのと、30 分のゲージを 2 回刷ってから本体を 1 回で決めるのと、どちらが速いかは計算するまでもない。

この「先に小さく試す」姿勢は、機能部品づくり全般に通じる考え方だ。3Dプリント 機能部品 設計入門 2026(2026-07-20 公開)で述べた検寸文化の、筐体版だと思えばいい。

素材は設置環境で決まる

筐体の素材選びには、ひとつ明快な判断軸がある。どこに置くかだ。

多くの人が最初に使う PLA は、造形性では優秀だが、熱に対しては弱い。Polymaker の PolyLite PLA の技術データシートによれば、ガラス転移温度は 61°C(DSC、10°C/min)、ビカット軟化温度は 63°C(ISO 306)、荷重たわみ温度は 0.45MPa 条件で 60°C、1.8MPa 条件で 58°C とされる。ここで注意したいのは、これらは「溶ける温度」ではないという点だ。融点は 150°C であり、60°C 前後というのは樹脂が軟らかくなり始め、荷重がかかれば変形する領域を指す。

この数値が現実で意味を持つ場面は、思ったより多い。夏の車内、直射日光の当たる窓際、電源アダプタや放熱器のすぐ隣。いずれも 60°C に届きうる環境だ。室内の机の上で使うガジェットなら PLA で問題ないが、屋外センサや車載機器の箱を PLA で作るのは、時限式の失敗を仕込むに等しい。

だからこそ、素材の判断は工程1の採寸より前、企画の段階で済ませておきたい。設置環境が室内かどうか、直射日光が当たるか、内部に発熱源があるか。この3問に答えるだけで、PLA で行くか、PETG 以上に上げるかは決まる。熱と通気の設計、そして材料ごとの耐熱の読み方は、それだけで一本の記事になる分量があるため、別途詳しく扱う。

実務上の落としどころを示しておくと、室内で使う小物の箱は PLA で十分、発熱源を抱える箱や屋外に出る箱は PETG から、直射日光と紫外線に長期間さらされるものは ASA というのが、おおまかな段階になる。上に行くほど印刷の難度と反りのリスクは上がるので、必要のない耐熱を求めて造形を難しくするのも得策ではない。設置環境から逆算して、必要十分なところで止めるのが正しい。

なお、素材を変えたら寸法の癖も変わる。PLA で詰めたクリアランスは PETG ではそのまま使えない。同じ設計データでも、収縮量が違えば嵌合の締まり具合は変わるからだ。ゲージは素材ごとに刷り直すのが原則である。刷ったゲージには素材名と印刷日を刻印しておくと、半年後の自分が助かる。

AIに任せる部分と、人間が持つべき判断

ここまでの7工程のうち、AI に渡して速くなるのは「形の記述」の部分だ。外形と壁厚と内寸が決まっていれば、その直方体をくり抜き、指定座標にボスを立て、指定サイズの開口を空けるという作業は、コードで書けば数十行で済む。手持ちの LLM に OpenSCAD のコードとして書かせれば、寸法を変数にしたパラメトリックな箱が数分で手に入る。基板が変わっても、変数を書き換えるだけで追従できる。この進め方の型はOpenSCAD × LLM 実践 2026(2026-07-18 公開)で詳述した。

逆に、AI が持てないものが2つある。ひとつは現物の情報だ。あなたの基板の実寸、あなたのプリンターの収縮量、あなたが使うケーブルのブーツの太さ——これらは検索しても出てこない。測るのは人間の仕事である。もうひとつは要求の定義だ。この箱は屋外に置くのか、何回開け閉めするのか、落としたら困るのか。要求が曖昧なままプロンプトを書けば、返ってくるのは「それらしい箱」であって、あなたの箱ではない。

つまり分業はこうなる。人間が測って決め、AI が書き、人間が検証する。この配分を守る限り、AI CAD は筐体設計の強力な道具になる。配分を崩して「いい感じの箱を作って」と丸投げすると、寸法の根拠がどこにもないモデルが出てきて、結局ゼロから測り直すことになる。

最初の1個で必ずやる失敗と、その回避策

経験者が口を揃える典型的なつまずきを、先に潰しておく。

基板の裏面を忘れる。はんだ面の突起や、裏に飛び出したピンヘッダの足は、平気で 3mm ほど出ている。ボスの高さがこれを下回ると、基板が浮いて締まらないか、無理に締めて基板が反る。ボス高さは裏面突起の実測値に 1mm 足すくらいが安全だ。

ケーブルの曲げ半径を忘れる。コネクタは刺さったが、ケーブルが壁に当たって蓋が閉まらない。開口の外側にも空間が要る。

エレファントフットで入口が狭くなる。第一層が潰れて裾広がりになるため、底面付近の穴は入口だけ小さくなる。開口の縁に 0.5mm 程度の面取りを入れておけば、ほぼ回避できる。

蓋のネジ穴が本体と合わない。上下部品で同じ座標を参照していないのが原因だ。座標は必ず変数として1か所で定義し、両方の部品から参照する。手打ちの数値を2か所に書いた時点で、いつか必ずずれる。

通気を全く考えていない。密閉した箱の中で発熱する部品を動かすと、内部温度は素材の軟化点に近づいていく。最初の1個では見落としがちだが、Raspberry Pi 5 クラスの発熱がある場合は、設計の初期段階から空気の流れを想定しておきたい。

これらはいずれも、印刷してから気付くと痛い。だが図面の段階でチェックリストとして読み上げれば、数分で潰せる類のものでもある。

まとめ — 箱は測ることから始まる

3Dプリント 筐体 設計を、7つの工程として整理した。採寸、内部レイアウト、外形と壁厚、開口、固定、蓋、検証。この順序を守り、内側から外へ向かって決めていくことが、手戻りを減らす最短経路である。

数値として持ち帰るべきものも整理しておく。筐体の壁は最小 2mm、内部部品の周囲には 0.5mm のクリアランス、ポート周囲には片側 1mm、ネジのクリアランス穴はネジ径 +0.25mm、セルフタップ穴はネジ径 −0.25mm、ネジ穴の周囲には穴径 1 個分の肉厚、リブは壁厚の 75〜80%、耳は幅 5mm 以上。これらは Protolabs Network の設計指針に基づく出発点であり、自分の機体と素材で検証して補正していく性質の値だ。

そして最も費用対効果の高い習慣は、本体を刷る前にゲージを1枚刷ることに尽きる。30 分の投資が、5 時間の刷り直しを消す。

次の段階は、基板をどう固定するかという各論に入る。ボスを立てるのか、ヒートセットインサートを埋めるのか、押さえリブで挟むのか。それぞれに向く場面と、失敗の仕方がある。機能部品づくり全体の地図を先に眺めておきたい場合は、3Dプリント 実用品 設計ロードマップ 2026(2026-07-26 公開)から逆引きで辿るのが早い。

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