売上が立ったら何をするのか — 開業届・インボイス・確定申告の実務

売上が立ったら何をするのか — 開業届・インボイス・確定申告の実務
最初の1個が売れた日は嬉しい。10個目あたりから、別の感情が混ざり始める。これは申告が要るのだろうか、という不安だ。3Dプリント 副業 確定申告で検索すると「20万円まで申告不要」という言葉が真っ先に出てくるが、この理解のまま進むと落とし穴がある。20万円は売上ではないし、所得税の話であって住民税の話ではない。さらに2026年の秋には、消費税の側で大きな切り替わりが控えている。本記事では、売上が立ってから必要になる手続を、国税庁が公表している資料だけを根拠に整理する。
本記事は制度の一般的な整理であり、税務に関する助言ではない。個別の申告要否や所得区分は事実関係によって変わる。判断が必要な場合は所轄の税務署または税理士に相談してほしい。
「20万円まで申告不要」の正確な意味
まずこの言葉を分解する。国税庁は、給与所得者のうち確定申告が必要な人を列挙しており、その中に「1か所から給与を受けている人で、給与所得や退職所得を除く各種の所得金額の合計額が20万円を超える人」が挙げられている。
ここから読み取れることは3つある。第一に、これは給与所得者についての規定である。会社勤めをしていない人には別の考え方が要る。第二に、20万円は所得であって売上ではない。売上から必要経費を引いた後の数字で判定する。第三に、これは所得税の確定申告についての規定である。
2か所以上から給与を受けている場合は条件が変わり、年末調整されなかった給与の収入金額と、給与・退職所得を除く各種の所得金額との合計額が20万円を超える場合に必要とされる。ただし注記があり、給与収入から所得控除(雑損控除・医療費控除・寄附金控除・基礎控除を除く)を差し引いた額が150万円以下で、かつ給与・退職所得を除く各種の所得金額の合計額が20万円以下の人は申告不要とされている。「20万円」だけを覚えていると、この150万円の条件を落とす。
そして重要な補足がひとつ。国税庁のこのページには、住民税の申告に関する記述がない。所得税と住民税は別の制度であり、所管も違う。所得税の申告が不要な場合に住民税の申告がどうなるかは、居住地の市区町村に確認する必要がある。ここを「20万円以下なら何もしなくていい」と読むのは危険だ。
所得は売上ではない — 経費を引いた後の数字
判定に使うのが所得である以上、経費を数えることが最初の作業になる。国税庁は事業所得について、「総収入金額 − 必要経費 = 事業所得の金額」という計算式を示している。
そして総収入金額の定義には、見落としやすい項目が含まれている。売上のほか、金銭以外の物や権利その他の経済的利益の価額、そして商品を自家用に消費した場合や贈与した場合のその商品の価額も含まれるとされている。試作品を自分で使った、友人に配った——こうした行為も収入として扱われうるということだ。
必要経費の側は、3Dプリントの原価を日本の電気代で計算し直す(2026-08-19 公開)で分解した原価の要素とかなり重なる。材料費、電気代、梱包資材、送料、プラットフォームに支払った手数料。値付けのために数えていた数字が、そのまま申告の材料になる。原価表を作っておくと、この段階で作業が一段軽くなる。
ただし管理会計の原価と税務上の必要経費は完全には一致しない。とくに自分の労働時間は、原価計算には入れられても必要経費にはならない。この違いは意識しておいたほうがいい。
家事按分 — 家で作っているものをどう分ける
自宅で作っている場合、電気代も部屋も、生活と事業が混ざっている。この扱いが家事按分と呼ばれる論点だ。
考え方は単純で、事業に使った割合を合理的に説明できる形で分ける。電気代であれば、プリンターの消費電力と稼働時間から事業使用分を計算できる。原価計算で消費電力を実測しておけば、この計算はすでに終わっている。作業スペースであれば、面積や使用時間で按分することになる。
ここで効いてくるのが記録だ。按分の根拠を後から作ることはできない。稼働ログ、電力の実測値、作業時間の記録。これらは値付けのためにも申告のためにも同じものが使える。3Dプリントは印刷時間がログとして残りやすいぶん、他の副業より按分の説明がしやすい分野ではある。
按分の割合に唯一の正解があるわけではないが、後から根拠を示せるかどうかが分かれ目になる。プリンターの稼働時間を月ごとに集計しておく、作業に使った時間をメモしておく——手間としては月に数分で終わる作業だが、これがあるかないかで説明の質は大きく変わる。逆に記録を取らないまま感覚で割合を決めてしまうと、その数字を裏づけるものが手元に何も残らない。
プリンター本体は経費か、資産か
プリンターやフィラメント乾燥機のような設備は、買った年に全額を経費にできるとは限らない。国税庁は減価償却について、金額に応じた扱いを示している。
| 取得価額 | 扱い |
|---|---|
| 使用可能期間1年未満、または10万円未満 | その取得に要した金額の全額を、業務の用に供した年分の必要経費とする |
| 10万円以上20万円未満 | 一定の要件の下、一括償却資産として取得価額の合計額の3分の1に相当する金額を、業務の用に供した年以後3年間の各年分において必要経費に算入できる |
| 10万円以上30万円未満 | 一定の要件を満たす青色申告者について、取得価額の合計額のうち300万円に達するまでを必要経費に算入できる特例がある |
表の意味を実務に落とすと、こうなる。10万円未満のプリンターならその年に全額を経費にできる。10万円台なら3年に分けて経費化する道がある。30万円未満の特例は青色申告者向けで、年間300万円という上限が付く。
この区切りは、買う時期の判断にも効いてくる。減価償却は取得して業務の用に供した年から始まるため、年末に駆け込みで購入しても、その年に経費にできる額は資産の区分で決まる。10万円未満の機材なら12月に買っても全額をその年の必要経費にできるが、20万円台の機材を同じ12月に買った場合、一括償却資産として扱えば初年度に落とせるのは3分の1にとどまる。設備投資の効果を数字で見るなら、金額の区切りと購入時期をセットで考えることになる。
ただし最後の特例には注意が要る。国税庁の解説では、対象が「平成18年4月1日から令和8年3月31日までに取得した」ものと記載されている。この種の特例は期限を区切って設けられ、延長されることもあるため、取得を予定しているなら現在の適用期限を国税庁で確認してほしい。本記事では、記載されている期限をそのまま示すに留める。
なお、減価償却資産とは建物、機械装置、器具備品、車両運搬具などで時の経過等によって価値が減っていく資産を指し、土地や骨とう品のように価値が減少しないものは該当しない。
事業所得と雑所得のどちらになるか
副業として3Dプリント品を売る場合、その所得が事業所得になるのか、業務に係る雑所得になるのかという論点がある。国税庁は事業所得を「農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業を営んでいる人のその事業から生ずる所得」と定義している。
区分が問題になるのは、扱いが変わるからだ。青色申告特別控除を受けられるかどうかもここに関わってくる。
ただし、本記事では区分の判定基準を示さない。国税庁の事業所得の解説ページには、事業所得と業務に係る雑所得の区分についての記述がなく、判定の基準を一次資料で確認できなかったためである。世の中には具体的な金額基準や帳簿の有無を挙げた解説が流通しているが、確認できていない基準をここに書くことはしない。自分がどちらに当たるかを知りたい場合は、所轄の税務署か税理士に確認するのが確実である。
開業届と青色申告 — 65万円控除の条件
青色申告を選ぶと、青色申告特別控除という仕組みが使える。国税庁は控除額を3段階で示している。
55万円の控除を受けるには、①不動産所得または事業所得を生ずる事業を営んでいること、②これらの取引を正規の簿記の原則(一般的には複式簿記)により記帳していること、③記帳に基づいた貸借対照表・損益計算書等を確定申告書に添付し、その年の確定申告期限(翌年3月15日)までに提出すること、の3つを満たす必要がある。
65万円の控除は、この55万円の要件に該当したうえで、仕訳帳および総勘定元帳について電子帳簿保存を行っているか、確定申告書と貸借対照表・損益計算書等をe-Taxで提出期限までに提出するか、そのいずれかを満たす場合に受けられる。令和4年分以後は、優良な電子帳簿の要件を満たし所定の届出書を提出することが求められる。
10万円の控除は、55万円・65万円の要件に該当しない青色申告者が対象となる。なお、現金主義による所得計算の特例を選択している場合は55万円・65万円の控除の対象外とされている。
ここから見えるのは、65万円という数字が帳簿の付け方と提出方法の両方に条件が付いた結果だということだ。複式簿記で付け、期限内に、電子で出す。3つ揃って初めて最大額になる。会計ソフトを使う価値は、主にこの複式簿記の部分にある。事業としての段階的な広げ方は月商10万円の「卓上メイカー」から始める(2026-03-22 公開)でも扱っている。
消費税は「基準期間」で決まる
所得税とは別に、消費税の論点がある。国税庁は、課税期間の基準期間における課税売上高が1,000万円以下である場合には原則として納税義務が免除されるとしている。個人事業者の基準期間はその年の前々年である。
もうひとつ判定がある。特定期間——個人事業者の場合はその年の前年1月1日から6月30日までの期間——における課税売上高が1,000万円を超える場合には、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であっても納税義務は免除されない。
副業規模で始めるなら、多くの場合この免税の範囲に収まる。だからこそ、次の論点が重要になる。
インボイス登録は必要か
ここで決定的な事実がある。国税庁は、適格請求書発行事業者の登録を受けている場合には、納税義務は免除されないと明記している。つまりインボイス登録をするということは、課税事業者になるということだ。売上が1,000万円以下でも、登録すれば消費税の申告と納税が発生する。
では、なぜ登録を検討する人がいるのか。買い手が課税事業者の場合、その買い手はあなたから仕入れた分について仕入税額控除を受けたい。あなたが登録していなければ、買い手が控除できる割合が制限される。取引先が事業者中心なら、この点が取引条件に影響しうる。
逆に、買い手が一般消費者ばかりなら、この論点は生じにくい。フリマアプリやハンドメイドマーケットで個人に売っているなら、相手は仕入税額控除をしない。3Dプリント品を個人向けに売る限り、免税事業者のまま続ける選択には合理性がある。
判断材料は「誰に売っているか」だ。そこが定まれば、答えはおのずと絞られる。
2026年10月、経過措置が7割に下がる
そして時期の話をする。免税事業者などインボイス発行事業者以外の者から行った課税仕入れについて、買い手が一定割合を控除できる経過措置が設けられている。この割合が、令和8年(2026年)10月を境に変わる。
国税庁が令和8年4月に公表した資料によれば、経過措置は適用期限を2年間延長したうえで控除可能割合が見直された。国税庁自身が「8割控除は7・5・3割控除に」という見出しで説明している。
| 期間 | 控除可能割合 |
|---|---|
| 令和8年9月30日まで | 80% |
| 令和8年10月〜令和10年10月(2年) | 70% |
| 令和10年10月〜令和12年10月(2年) | 50% |
| 令和12年10月〜令和13年10月(1年) | 30% |
| 令和13年10月以降 | 0% |
改正前の予定では令和8年10月から50%が3年続き、令和11年10月に0%になるはずだった。改正によって、下がり方が緩やかになった代わりに、制度が終わる時期が令和13年10月へ2年遅くなった。
もうひとつ、控除限度額の見直しがある。一の適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れの額の合計額が、その年またはその事業年度で1億円(改正前は10億円)を超える場合には、超えた部分について経過措置の適用が認められない。この見直しは令和8年10月1日以後に開始する課税期間から適用される。副業規模では届かない金額だが、制度の方向として押さえておきたい。
免税事業者の立場から見ると、この変化の意味はこうなる。買い手側の控除割合が下がるほど、免税事業者から仕入れることの不利が大きくなる。事業者向けに売っているなら、取引条件の見直しを持ちかけられる可能性が上がっていく。
2割特例が終わり、3割特例が始まる
登録した側にも変化がある。免税事業者がインボイス発行事業者になった場合の負担軽減として設けられていた2割特例は、国税庁の資料によれば令和8年9月30日までの日の属する課税期間で終了する。
代わりに創設されたのが3割特例である。個人事業者である適格請求書発行事業者の令和9年分及び令和10年分の消費税申告について、課税標準額に対する消費税額から控除する金額をその7割とすることにより、納付税額を課税標準額に対する消費税額の3割とすることができる、というものだ。
適用には条件がある。2割特例と同様、免税事業者が適格請求書発行事業者となったこと、または課税事業者選択届出書を提出したことにより事業者免税点制度の適用を受けられないこととなる課税期間に限られる。さらに、適用を受けようとする場合には確定申告書にその旨を付記する必要がある。そして国税庁の図表では、3割特例は個人事業者が対象であり、法人については適用不可と示されている。
簡易課税との関係にも変更があった。2割特例や3割特例の適用を受けた事業者が、その適用を受けた課税期間の翌課税期間に係る確定申告期限までに簡易課税制度選択届出書を提出すれば、その翌課税期間から簡易課税制度を適用できる。この見直しは、当該翌課税期間が令和8年10月1日以後に終了する課税期間である場合に適用される。
簡易課税制度そのものは、基準期間における課税売上高が5,000万円以下の課税期間について、事業区分ごとのみなし仕入率を用いて納付税額を計算できる仕組みだ。みなし仕入率は第1種90%、第2種80%、第3種70%、第4種60%、第5種50%、第6種40%と定められており、製造業は第3種に位置づけられている。ただし自分の事業がどの区分になるかの判定は個別の事情によるため、ここで断定はしない。選択したら原則として2年間は継続適用が必要である点も、判断材料に入れておきたい。
まとめ
売上が立った後にやることは、段階で整理できる。
最初の段階では、所得を計算できる状態を作る。売上から必要経費を引いた数字が所得であり、判定はその数字で行う。給与所得者なら20万円という基準があるが、これは所得税についてのもので、住民税は別に確認が要る。自家消費や贈与も収入に含まれうる点は覚えておきたい。
次の段階では、青色申告を検討する。65万円の控除には複式簿記・期限内提出・電子申告という3つの条件が付く。設備を買うなら、10万円・20万円・30万円という金額の区切りで扱いが変わることも押さえておく。
その先が消費税だ。基準期間の課税売上高1,000万円が免税の目安になるが、それ以上に重要なのはインボイス登録をすれば納税義務が免除されなくなるという点である。買い手が一般消費者中心なら、登録を急ぐ理由は乏しい。
そして時期の話。2026年10月に、買い手側の経過措置は80%から70%へ下がる。2割特例は令和8年分をもって終わり、個人事業者向けの3割特例は令和9年分と令和10年分の申告が対象になる。この記事は2026年8月時点の整理であり、制度は改正される。実際、本記事で扱った経過措置も令和8年度の改正で内容が変わっている。手続を進める前に、国税庁の最新の公表資料を必ず確認してほしい。それが、この分野で唯一確実な作法である。





