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手に入らない家電の部品を3Dプリントで作ってよい範囲を決める — 熱・食品・電気・力の線を引き、修理記録120件を AI と仕分ける

ゲンキ

部品が手に入らないせいで、修理をあきらめる家電がある。3Dプリンターが手元にあると、割れたつまみやふたなら自分で作れば直る、と考えたくなる。しかし、家電の部品を3Dプリントで作ってよいかどうかは、形を写せるかどうかとは別の問題だ。熱を持つ部分、電気が通る部分、食品に触れる部分、強い力のかかる回転部は、どれだけ精度よく造形できても作らない。この記事では、その線を先に決めてから実際の修理の記録に当てはめ、作ってよい部品がどれだけ残るかを数えた。

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材料は、Open Repair Alliance が公開する修理イベントの記録(2026 年 10 月版)だ。修理を見送った理由に「部品が手に入らない」が選ばれた記録から 120 件を選び、足りない部品をメモの文から読み取って、熱・食品・電気・強い力と回転・口と肌の5つの線で「3Dプリントの候補」と「不可」に分けた。同じ規則を AI にも渡して仕分けさせ、候補の型から押しボタンのキャップを1つ AI に設計させて、スライサーの見積りまで出している。

結論を先に書く。部品が読めた 104 件のうち、3Dプリントの候補に残ったのは 3 件(キーボードのキーの折れた取り付け部、プリンターの押しボタン、掃除機のホース)だけだった。そのうちホースは柔らかい管で、硬い樹脂で刷っても代わりにはならない。不可になった記録で当たった線は電気が 79 件と最も多く、強い力と回転が 32 件、熱が 25 件と続く。AI に同じ規則で仕分けさせると、claude -p は両方が部品を読めた 100 件のうち 98 件で「正解」と一致した。ただし、この正解は当サイトの Claude が規則どおりに付けて固定した判定で、データに付いていたラベルではない。一方、手元の gemma4:12b(思考なし)は候補を 19 件出し、画面やスイッチ、ポンプまで候補に入れた。どれも各条件1回の実行の結果で、部品の造形はしていない。

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家電の部品を3Dプリントで作る前に引く5つの線

家電の部品を3Dプリントで作る前に引く5つの線

作ってよいか、作らないかを分ける基準を、ここでは「線」と呼ぶ。線は熱(H)・食品(F)・口と肌(S)・電気(E)・強い力と回転(M)の5つだ。実験では、次の文面をそのまま判定の規則として使い、AI にも同じ文面を渡した。

  • 判定は「候補」「不可」「部品不明」のどれか
  • 部品不明: 記録の文から、足りない(壊れた)部品が何か読めない
  • 不可: 次の線のどれか1つでも当たる。迷ったら不可
  • H 熱: 主な働きが熱を出す家電(ケトル・トースター・アイロン・ドライヤー・ヘアアイロン・ストーブ・ヒーター・オーブン・電子レンジ・炊飯器・コーヒーメーカー・ホットプレートなど)の部品は、つまみ・ふたを含めて全部不可。それ以外でも、モーター・電源・照明の熱がこもる場所と吹き出し口の部品は不可
  • F 食品: 食品・飲み物・飲用水に直接触れうる部品
  • S 口・肌: 口に入る・肌に当てる部品(歯ブラシ・シェーバー・バリカンの刃の周りなど)
  • E 電気: 電気が通る部品と、電気の通る部分を覆う・支える・絶縁する部品(電源部のカバー、端子台、電池室のふた、コードの引き留めなど)
  • M 強い力・回転: 動力を伝える・速く回る・重さや人の体重を支える部品(歯車・ベルト車・羽根・刃の取り付け部・重いドアのヒンジ・キャスターなど)。フックは掛ける物の重さを文から読めないので不可
  • 候補: 部品が読めて、どの線にも当たらない

なぜ迷ったら不可なのか。修理の記録は、修理イベントで書かれた故障と対処の短いメモで、部品の重さや温度、電気が通るかどうかまで書いてあるとは限らない。そのうえ、誤って「候補」にしたときの損失(発火、感電、食品への混入、破断)は、誤って「不可」にしたときの損失(作れたはずの部品を作らない)より重い。そこで、判断がつかない部品は作らない側に入れた。続く4つの節で、各線の根拠を順に見ていく。

熱の線 — HDT は「この温度まで使える」値ではない

熱の線 — HDT は「この温度まで使える」値ではない

フィラメントのデータシート(TDS)には、熱変形温度(HDT、荷重たわみ温度)が載っている。ISO 75 による試験で、三点曲げの荷重をかけた試験片がたわむ温度を測った値だ。Bambu Lab の4製品の TDS は荷重 0.45 MPa と 1.8 MPa の2通りの値を載せていて、どれも 1.8 MPa のほうが低い。各製品の TDS の値は次のとおりだった。

製品(Bambu Lab の TDS)HDT(ISO 75、0.45 MPa)HDT(ISO 75、1.8 MPa)試験片の条件(TDS の記載)
PLA Basic57 °C54 °C充填 100%、55 °C で 8 時間焼きなまし
PETG HF69 °C62 °C充填 100%、75 °C で 8 時間焼きなまし
PETG Basic71 °C68 °C充填 100%、焼きなましの記載なし
ASA100 °C92 °C充填 100%、80 °C で 12 時間焼きなまし

PLA Basic・PETG HF・ASA の値は、焼きなました充填 100% の試験片の値だ。PETG Basic は試験片を焼きなましたという記載が無く、試験片の条件が PETG HF と違うので、2つの差を材料の差として読まないほうがよい。また、Bambu Lab の日本のストアの PETG HF のページにある比較表は、PETG ベーシックの HDT(0.45 MPa)を 69 °C としていて、TDS の 71 °C と合わない。表の値は TDS から取った。さらに PETG HF の TDS は、試験片を焼きなましたうえで、利用者が造形物を焼きなますことは勧めない(原文 “It’s not recommended to anneal prints of PETG HF”)と書いている。つまり、手元で作った部品がこの表の値に届く保証は無い。

そもそも HDT は、使える最高温度ではない。ISO 75-1:2020 の概要は、得られた値は使える最高温度を表すとは限らないと書き、その理由に、実際の使用では時間、荷重の条件、表面の応力が試験と違いうることを挙げる。加えて、この試験のデータは実際の使用での性能を予測するためのものではない、とも書く。したがって、「Bambu Lab の ASA は 0.45 MPa の HDT が 100 °C だから、ヒーターのつまみに使える」という読み方は成り立たない。

熱の線を温度の数値ではなく、製品の種類と部品の位置で引いたのはこのためだ。家電の発熱する部位が何度になるかの一次資料も取っていないので、温度を比べて線を引くこともしない。熱を出す家電なら、手で触れるつまみやふたも含めて不可になる。たとえば掃除機の排気口のふたも、吹き出し口の部品として不可だ。

なお、筐体の中は思ったより熱い — 放熱と通気、そして電源まわりの安全設計(2026-08-07 公開) は、別のメーカー(Polymaker)の TDS の値で荷重たわみ温度を比べている。ここで使う Bambu Lab の値とは製品が違うので、同じ表に並べて比べないでほしい。

食品の線と、口・肌の線

食品の線と、口・肌の線

食品の線の根拠は、プリンターとフィラメントのメーカー自身の注意だ。Prusa の Knowledge Base の「Food safe FDM printing」は、まず3Dプリントの層の構造を問題にする。層と層の間の溝はきちんと洗うのがほぼ不可能で、残りかすがたまり、細菌の温床になる(原文 “The grooves in between those layers are a seedbed for bacteria”)。

ノズルの問題もある。同じページは、標準の真鍮ノズルは食品向けとはみなされず、摩耗した分は造形物に入る、と書く。そのうえで Prusa は、3Dプリントを食品の容器などに使うことを勧めない(原文 “We do not recommend using 3d-prints as food-containers etc!”)と明言する。理論上は可能だが、特別な準備と後処理が要る、という位置づけだ。

クッキー型でさえ、層の線に食品がたまって細菌が増えるので、しばらく使ったら捨てるもの、とされている。同じページは着色剤と中身の分からない添加剤も問題に挙げ、無着色の PETG が最もましな選択だとしながら、何が入っているかは正確には分からない、と付け加える。無着色なら食品に使える、という意味ではない。

Bambu Lab の日本のストアも、PLA ベーシック・高速 PETG(PETG HF)・ASA のページに同じ注意を載せている。「本製品は食品接触グレードではありません。造形物を食品の保存や接触用途に使用しないでください。」。メーカー2社の注意が同じ向きを指しているので、食品・飲み物・飲用水に直接触れうる部品は不可とした。冷蔵庫の庫内で食品が直接載る棚、ミキサーの容器やふた、コーヒーメーカーの湯の通り道がこれに当たる。逆に、冷蔵庫のドアの外側の取っ手は食品の線には当たらない。

口・肌の線(S)は、この実験のために足した線だ。歯ブラシやシェーバー、バリカンの刃の周りのように、口に入る・肌に当てる部品は、健康の話に踏み込まないために対象外とし、不可に入れた。

電気の線 — 難燃の等級は、作った部品の認証にならない

電気の線 — 難燃の等級は、作った部品の認証にならない

電気の線は、材料を問わずに引いた。まず、Bambu Lab の4製品(PLA Basic・PETG HF・PETG Basic・ASA)の TDS は、燃焼性の欄にどれも「Flammable」(燃える)と書いている。

では、難燃のフィラメントならどうか。UL 94 の難燃の等級は厚みで変わる。Protolabs の解説は、ある厚みで合格した樹脂が、より薄いと不合格になりうる例を挙げ、配合と厚みの範囲を UL のイエローカードで確かめるよう勧めている。厚みの例と等級の定義は、筐体の中は思ったより熱い — 放熱と通気、そして電源まわりの安全設計(2026-08-07 公開) で扱った。

さらに大事なのは、等級が付いているのは材料の試験片だという点だ。Prusament PETG V0 は UL の認証で V-0 を得ている難燃の PETG で、UL の認証ページには、決まった厚みと、層の高さ・ノズル径・Prusa の機種といった造形条件が並ぶ。そのうえで UL は、等級は特定の造形条件と造形の手順で作った試験片のもので、条件が変われば結果が大きく変わりうる、と注記している。組み合わせを認めるかは UL が決める、とも書く。したがって、同じフィラメントを買っても、手元で刷った部品や、それを組み込んだ家電の部品が認証を受けたことにはならない。

メーカーの Prusament は、この材料を、自己消火性があるので電子機器の筐体や絶縁部品に特に向く、と紹介している。しかし、この実験の規則はこの説明を採らない。電気が通る部品と、電気の通る部分を覆う・支える・絶縁する部品は、難燃の等級のあるフィラメントを使う場合も不可のままにした。電池室のふたも、電池と接点を覆うので不可だ。一方、接点を持たない外側のつまみは電気の線には当たらないが、熱を出す家電のつまみなら熱の線で不可になる。なお、電気に関わる法令の扱いは、この記事の範囲に入れていない。

強い力と回転の線 — 層をまたぐ向きは弱い

強い力と回転の線 — 層をまたぐ向きは弱い

強い力と回転の線には、「何 N まで」「何回転まで」と線を引ける一次資料が見つからなかった。探したのはメーカーの TDS と公式ページだ。根拠として使えるのは、メーカーが測った、層の向きによる強さの差である。Bambu Lab の TDS は、引張強さ(ISO 527)と衝撃強さ(ISO 179)を、層に沿った向き(X-Y)と層をまたぐ向き(Z)に分けて載せている。

製品(Bambu Lab の TDS)引張強さ X-Y引張強さ Z衝撃強さ X-Y(ノッチなし)衝撃強さ Z
PLA Basic35 ± 4 MPa31 ± 3 MPa26.6 ± 2.8 kJ/m²13.8 ± 0.9 kJ/m²
PETG HF34 ± 4 MPa23 ± 4 MPa31.5 ± 2.2 kJ/m²7.6 ± 0.7 kJ/m²
PETG Basic51 ± 1 MPa35 ± 6 MPa34.2 ± 4.1 kJ/m²10.5 ± 1.8 kJ/m²
ASA37 ± 3 MPa31 ± 4 MPa41.0 ± 2.3 kJ/m²4.9 ± 0.6 kJ/m²

衝撃強さの X-Y は、TDS の先頭に載るノッチなしの値を取った。PLA Basic・PETG HF・ASA の TDS は X-Y にノッチ付きの値も別に載せているが、Z の値は1つだけで、ノッチ付きとは書かれていない。4製品とも、引張でも衝撃でも Z の値が低い。とりわけ差が大きいのは衝撃強さで、ASA は X-Y の 41.0 kJ/m² に対して Z は 4.9 kJ/m² と、41.0 ÷ 4.9 ≒ 8.4 で8倍以上の開きがある。これは Bambu Lab の試験片の値だ。TDS 自身も、値は標準の試験片で測った設計の参考と比較のための値であり、造形物の合法性・安全性・性能は利用者の責任だ、と書いている。

力がいくつもの向きからかかる部品では、どの向きに刷っても、そのどれかは層をまたぐ向きになる。許される荷重や回転数の一次資料が無い以上、この線は数値ではなく定性で引いた。フックを不可にしたのも、掛ける物の重さを記録の文から読めないからだ。逆に、乾燥機のフィルターのふたのような軽いふたのヒンジは、この線では候補に残りうる。

部品にかかる力と材料の強さをどう比べるかの基本は、機械設計の教科書が詳しい。

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修理イベントの記録から、部品が手に入らなかった120件を選んだ

修理イベントの記録から、部品が手に入らなかった120件を選んだ

データは Open Repair Alliance の「Open Repair Data」で、2026 年 10 月版(2026 年 7 月末までの記録)、ライセンスは CC BY-SA 4.0 だ。GitHub の固定したコミットから電気・電子製品の CSV を取得し、pandas で数えると 416,282 行で、README の表示と一致した。これはボランティアの修理イベントに持ち込まれた家電の記録であって、世の中の故障全体を代表するものではない。データ全体の集計は、家電の故障で何が直り、何が直らないのか — 修理イベントの41万件の記録を集計し、直らない理由を AI に読ませる(2026-11-05 公開) で扱っている。

その中から、修理の結果が End of life の行を選んだ。End of life は、修理する人と持ち主が、費用や現実性から直さないと決めた記録を指す。全体で 104,321 行あり、そのうち直さなかった理由(repair_barrier_if_end_of_life)が記入されていたのは 44,182 行だった。理由の欄は任意の項目で、記入が増えるのは 2021 年以降だ。理由には6つの選択肢があり、この記事が使うのは「Spare parts not available」(部品が手に入らない)である。

さらに、故障と対処のメモ(problem)が 20 文字以上の行に絞ると 6,648 行になった。ここから乱数(種 20261026)で 120 行を選んでいる。メモは英語のほか、オランダ語・ドイツ語・フランス語なども混じるが、言語の列が無いので除いていない。以下、この 120 行を「部品が手に入らずに修理を見送った記録」と呼ぶ。

注意したいのは、データに「足りない部品」の列が無いことだ。部品の名前は、メモの文から読み取るしかない。この記事で挙げる部品の名前は、データの列ではなく、Claude や AI がメモから取り出したものである。文から部品が読めない行は「部品不明」とし、候補・不可の集計から外して件数だけ数えた。

正解の作り方も先に書いておく。120 行それぞれに、当サイトの Claude(claude-opus-5-5)が冒頭の節の規則どおりに判定を付け、AI に渡す前にファイルへ保存して固定した。これを「正解」と呼ぶが、データのラベルではなく、規則をこう読んだという1つの判定にすぎない。

AI は2つ使った。1つは claude -p(モデルは claude-sonnet-5-5。ツール・MCP・設定を読み込まず、ホームの外のフォルダで実行)、もう1つは手元の gemma4:12b(Ollama 0.40.11、温度 0、文脈長 16384 トークン)だ。記録を 30 行ずつ規則の文面と一緒に渡し、部品・判定・当たった線を JSON で返させた。gemma4:12b は思考ありの設定では答えを返さなかったので、最初の実行の後に思考を切った条件を足している。一致は、正解と AI の両方が部品を読めた行で数えた。どの条件も1回ずつの実行である。

部品が読めた104件のうち、3Dプリントの候補は3件だった

部品が読めた104件のうち、3Dプリントの候補は3件だった

正解の判定は次のとおりだった。120 行のうち 16 行は部品が読めず、残る 104 行のうち 101 行が不可、3 行が候補になった。

正解の判定行数
不可101
部品不明16
候補3

不可の 101 行で当たった線を数えると、次のようになる。1つの部品が複数の線に当たることがあるので、合計は 101 を超える。

当たった線行数
E 電気79
M 強い力・回転32
H 熱25
F 食品11
S 口・肌1

表の出典: Open Repair Alliance「Open Repair Data」2026 年 10 月版(CC BY-SA 4.0)。swiftwand.com が記録を抽出し、規則で判定して集計した。この節と次の節の表は CC BY-SA 4.0 で提供する。

電気の線が 79 行と飛び抜けて多い。この 120 件で足りなかったのは、電気の通る部品か、それを覆う・支える部品が大半だった。

候補に残った3行は次のとおりだ。

記録の製品分類正解で読んだ部品候補にした理由
PC accessory(パソコンの周辺機器)キーボードのキー(折れた取り付け部)キーの部分が折れたと読んだ。5つの線に当たらない
Printer/scanner(プリンター・スキャナー)押しボタンのキャップ摩耗したボタンと読んだ。外側のキャップとして5つの線に当たらない
Vacuum(掃除機)掃除機のホース5つの線に当たらない

出典は上の表と同じ。部品の名前はメモから読み取ったもので、データの列ではない。

3行目の掃除機のホースは、規則の5つの線には当たらない。しかし、ホースは曲がる柔らかい管で、硬い樹脂で刷っても代わりにはならない。候補に残ったことは「作れる」ことを意味しない。キーボードのキーと押しボタンのキャップも「3Dプリントの候補に残った」だけで、作ってよいと確かめたわけではない。寸法が合うか、メーカーの保証にどう響くか、取り付けで感電のおそれが無いかは、作る人が自分で判断する必要がある。

この節でも改めて書いておく。熱を持つ部分、電気が通る部分、食品に触れる部分、強い力のかかる回転部は作らない。不可になった 101 行は、すべて熱・食品・電気・強い力と回転のどれかの線か、口・肌の線に当たった部品である。

同じ規則で AI に仕分けさせる — claude -p と手元の gemma4:12b

同じ規則で AI に仕分けさせる — claude -p と手元の gemma4:12b

同じ規則の文面と記録を AI に渡し、判定させた結果が次の表だ。

モデル両方が部品を読めた行正解と一致一致率AI が候補とした行AI が部品不明とした行
claude -p(claude-sonnet-5-5)1009898.0%220
gemma4:12b(思考あり)答えなし————
gemma4:12b(思考なし)1028785.3%1915

出典は前の節の表と同じ。この表も CC BY-SA 4.0 で提供する。

claude -p は、両方が部品を読めた 100 行のうち 98 行で正解と一致した。食い違った2行のうち、ミシンのつまみは正解が不可で claude -p が候補、プリンターの押しボタンは逆に正解が候補で claude -p が不可だった。どちらも、正解を付けたときに Claude 自身が読み方を迷った行だ。壊れたのが外側の部品か、その奥の機構や接点かを、短いメモから決めきれない。押しボタンを接点を持つスイッチと読めば電気の線で不可、外側にかぶせるキャップと読めば候補になる。

また、正解で候補とした3行のうち、claude -p も候補としたのは掃除機のホースの1行だけで、キーボードのキーは部品不明と答えている。正解で部品不明とした 16 行は、claude -p も 16 行すべてを部品不明とした。claude -p の部品不明は正解より4行(20 − 16)多く、作らない側に寄った答え方だった。不可の理由の読み方も、両方が不可とした行で当たった線が1つ以上重なった割合が claude -p で 100.0%、gemma4:12b(思考なし)で 97.6% と、どちらも正解とほぼそろっている。

問題は gemma4:12b(思考なし)の候補の出し方だ。一致率は 85.3%(102 行中 87 行。入力の id に合う答えが無かった2行は数えていない)だが、候補を 19 行も出した。正解の候補は3行しかない。候補とした行のうち正解が不可だったものには、画面、制御器(コントローラー)、スイッチ、電源ボタン、フロートスイッチ、ポンプ、音量つまみ(可変抵抗)、表示部の導電ゴム、ファンの外装、モーター周りのパッキン、時計の歯車を支える板、ミシンの送りの機構があった。いずれも電気か、強い力・回転か、熱の線に当たる部品である。規則の文面には「迷ったら不可」と書いてあるのに、電気の通る部品を候補に入れている。

思考ありの gemma4:12b は、4回の呼び出しすべてで思考が文脈の上限(16384 トークン)に達し、答えを1つも返さなかった。思考を切れば答えは返るが、上のとおり作ってはいけない部品まで候補に入れた。

候補の型から押しボタンのキャップを AI に設計させ、スライスした

候補の型から押しボタンのキャップを AI に設計させ、スライスした

候補に残った型から「押しボタンのキャップ」を選び、AI に形を書かせた。操作ボタンの外側にかぶせる、電気の接点を持たない樹脂の部品だ。寸法は例として決めたもので、実在の製品の寸法ではない。外形は直径 12 mm・高さ 8 mm の円柱で、押す面の縁に 0.8 mm の面取りを付けた。下面には、ボタンの軸がはまる深さ 5 mm の十字の穴を開ける。十字の腕は幅 1.2 mm・端から端まで 4.2 mm とし、はめあいのすき間として 0.15 mm を足した。実際の部品を採寸する手順は、3Dプリント 修理 実践 2026 — 廃番部品を採寸とAI CADで蘇らせる(2026-07-25 公開) にまとめてある。

道具は、Python と manifold3d 3.3.2(Apache-2.0)で形を書き、trimesh(MIT)で STL にする組み合わせだ。manifold3d は manifold の Python 版で、2026-10-26 時点の最新は 3.5.4(2026-09-25 公開)なので、手元の 3.3.2 は最新ではない。claude -p に上の寸法を渡してコードを書かせ、そのコードを読んで、STL を書き出す以外のことをしないと確かめてから実行した。コードを書かせた1回の費用は $0.018 だった。

AI のコードは1回で動いた。出来た形は、次のように確かめた。

確かめたこと結果設計から出した値
閉じた形(watertight)か閉じている—
外形12.0 × 12.0 × 8.0 mm直径 12 mm・高さ 8 mm
十字の穴の中ほどの高さで切った断面積103.129 mm²103.175 mm²
穴の無い部分で切った断面積113.052 mm²113.097 mm²
体積843.28 mm³855.17 mm³(面取りを入れない場合)
穴の向き上に開いている—

穴の中ほどの断面積の差は 103.175 − 103.129 = 0.046 mm² で、円を 128 に分けた多角形で近似した分の差だ。体積が設計の計算値より小さいのは、計算値に面取りを入れていないためである。形の確認をスクリプトに任せて AI のコードの当否を機械で判定する考え方は、設計をコードで書かせて、確認まで機械に回させる(2026-09-17 公開) で扱った。

次に、STL を Bambu Studio の CLI でスライスした。版は Bambu Studio 2.8.4 Public Beta(pre-release、2.8.4.57)だ。プリンターは P1S(継承を展開した設定を読み込ませた)、工程は 0.20mm Standard @BBL X1C、材料は Generic PETG HF @BBL X1C の設定ファイルを渡した。材料は見積りのための仮の選択で、推奨ではない。なお、Bambu Lab の日本のストアは、PETG HF の販売を終了し、在庫がなくなれば再入荷の予定は無いと告知している(2026-10-26 に確認)。Bambu Studio の CLI は設定ファイルの継承元を読まないので、工程と材料も継承元まで展開した設定ファイルを作って渡した(展開せずに渡すと、材料が PLA・充填率が 20% などの既定値のままスライスされていた)。G-code に残った設定は、材料の種類が PETG、充填率が 15%、冷却のために速度を落とす基準の層の時間が 25 秒、密度が 1.28 g/cm³、壁が 2 周、層の高さが 0.2 mm で、渡した設定と一致した。プレートは P1S に付属する Textured PEI Plate を指定した。

見積りは 11 分 49 秒、フィラメントは 0.588 cm³ だった。質量は、Bambu Studio の Generic PETG HF の密度の設定 1.28 g/cm³ を掛けて、0.588 × 1.28 ≒ 0.75 g になる。小さな部品なので、1 層ごとに冷やす時間を確保するために速度が落とされ、量のわりに時間が長い。形の体積(843.28 mm³)より材料が少ないのは、スライサーが内側を詰め切らずに充填で埋めるためと読める。どれも CLI の推定値で、当サイトはこの部品を造形していない。

押しボタンのキャップを実際に付け替えるには、元のボタンの軸の形を測る必要がある。家電を開けないと測れない場合は、分解に伴う注意を先に確かめてほしい。保証規定の例では、改造や不当な修理による故障・損傷は、保証期間内でも有料修理になる(デロンギ、日立の電子レンジ)。また日立は扇風機の注意として、修理技術者以外の人は絶対に分解したり修理を行わないこと、それが火災・感電・けがの原因になることを書き、お手入れの際は電源プラグをコンセントから抜くよう求めている。電源につながる家電の内部を開ける手順は、この記事では書かない。

見積りに使ったのは Bambu Lab P1S の設定だ。筐体の付いた機種で、PETG や ASA のような材料も扱いやすい。

メーカーが出す3Dデータも、外側の小さな部品から始まっている

メーカーが出す3Dデータも、外側の小さな部品から始まっている

メーカー自身が、3Dプリントで作る部品のデータを出している例がある。Philips はチェコで「Fixables」という試行を始め、Philips 製品の交換部品を3Dプリンターで作るためのデータを公開している。公式ページは、その目的を「小さいが必要な外側の部品」を替える手助けだと説明し、まずは付属品から用意すると書く。2026-10-26 時点の掲載は5点で、OneBlade とバリカンのコーム(アタッチメント)が4点、シェーバーの保護キャップが1点と、どれもシェーバー・バリカンの付属品だ。

試行がうまくいけば部品の数と提供する国を広げる計画だという(他の国への展開は確認していない)。データは Prusa Research と組んで用意し、推奨の材料で作れば Philips の基準を満たすように試験した、という書き方で、純正部品の提供はやめないとも明記している。なお、この5点は肌に当てる部品か刃の周りに付く部品なので、今回の規則では口・肌の線(S)に当たる。メーカーが自社の部品として試験したデータと、修理の記録から読み取った部品を手元で作る話は前提が違い、今回の規則は後者のための線である。

Miele の「3D4U」は、交換部品ではなく付属品のデータだ。家庭の3Dプリンターで作れる付属品のデータを Thingiverse で無料で配り、PLA のフィラメントを勧めている。Philips は対象を外側の小さな部品と説明し、Miele は付属品として出している。どちらも、家電の中の働きを担う部品のデータではない。

ここからの制度の記述は、条文と公的な案内を読んで整理した一般的な説明で、個別の事案への法的助言ではない。制度の面では、EU の「修理する権利」の指令(指令 2024/1799)が 2026-07-31 から適用されている(加盟国が適用を始める期限)。この指令の第 5 条 6 項は、附属書 II の品目について、製造者は、独立した修理業者が、安全などの法令の要件に適合する3Dプリントの部品を使うのを妨げてはならない、と定める(知的財産の保護は別)。主語は製造者で、相手は独立した修理業者だ。消費者が自作の部品で直す権利を定めたものではない。

部品の供給年数を定めるかどうかと、その年数は、指令ではなく、附属書 II が品目ごとに挙げる EU の規則(多くはエコデザイン規則)による。たとえば、委任指令 2026/74 で附属書 II に加わった家庭用の局所暖房機では、規則 2024/1103 が、2025-07-01 以降に出荷されるモデルの電気式の局所暖房機について、制御部・サーモスタット・基板・表示部・ボタン類などの部品を、プロの修理業者に、最後の1台の出荷から少なくとも 10 年供給するよう求める。利用者も買える部品として規則が挙げるのはリモコンで、部品を誰でも 10 年買えるわけではない。どれも EU の制度で、日本の消費者には直接は適用されない。英国では、規則 2024/1103 は北アイルランドの市場に出す製品に適用され、グレートブリテンの市場に出す製品には以前の規則が引き続き適用される、と英国政府が案内している。制度の全体は、家電の電気代と故障に AI で向き合う — 冬の前に測る・直す・作るをそろえる理由と、EU の修理する権利で変わったこと(2026-11-02 公開) で扱っている。

結果の読み方 — 3Dプリントの出番は外側の小さな部品に限られる

結果の読み方 — 3Dプリントの出番は外側の小さな部品に限られる

今回の数字から読めることは3つある。

1つ目に、部品が手に入らずに修理を見送った記録で足りなかった部品は、この 120 件では、ほとんどが電気・動力・熱に関わる部品だった。部品が読めた 104 件のうち 101 件が不可で、その多くは家電の働きを担う中身の部品だった。3Dプリンターで作れる外側の部品とは重ならない。

2つ目に、3Dプリントの出番は外側の小さな部品に限られる。候補に残ったのはキーボードのキー、押しボタンのキャップ、掃除機のホースの3件で、そのうちホースは素材の点で代わりにならない。Philips がデータの対象を外側の小さな部品と説明し、まず付属品から出しているのも、同じ向きである。

3つ目に、線引きは小さなモデルに任せないほうがよい。手元の gemma4:12b(思考なし)は、電気の通る部品を含めて候補を 19 件出した。候補は「作ってみよう」という判断につながるので、誤って候補に入れる誤りのほうが重い。一方の claude -p は 98 件で正解と一致したが、正解自体が Claude の判定なので、同じ系統のモデルの読み方がそろっただけとも言える。AI の仕分けは候補を絞る下読みとして使い、最後の判断は人が規則を読んで行う、という使い方が安全な側だ。

自作した部品を人に配ったり売ったりする場合は、作る人の責任の話が加わる。その最低限は、個人が物を売るときに必要な表示と責任 — 特定商取引法とPL法の最低ライン(2026-08-21 公開) で整理した。

AI の仕分けを下読みとして使うなら、規則どおりの判定と照らして一致を数える手順が要る。LLM の答えを評価してから使う進め方は、評価駆動開発の本にまとまっている。

この実験で言えないこと

この実験で言えないこと
  • 各条件1回の実行だ。AI の一致率も候補の件数も、この実行ではこうだった、という値である
  • 120 件は 6,648 行から選んだ抽出で、ほかの抽出では候補の数が変わりうる。6,648 行全体での候補の割合は推定していない
  • 正解はデータのラベルではなく、当サイトの Claude が規則どおりに付けた判定だ。人が付ければ違う判定になる行がありうる。特に、ミシンのつまみと押しボタンは読み方を迷った
  • 正解を付けたのも、比べた claude -p も Claude の系統のモデルなので、一致率が高く出やすい条件だった可能性がある
  • 規則は迷ったら不可に倒すように作ってあるので、候補は少なく出る。規則を緩めれば候補は増えるが、その分だけ危ない部品を候補に入れることになる
  • データは修理イベントに持ち込まれた家電の記録で、世の中の故障全体の割合ではない。足りない部品の名前もメモから読み取ったもので、データの列ではない
  • 押しボタンのキャップは造形していない。時間と材料は Bambu Studio の CLI の推定値(継承元まで展開した設定で、1 回スライスした値)だ。寸法は例だ。強度や耐久は確かめていない
  • フィラメントの値は Bambu Lab の TDS の試験片の値で、手元で刷った部品の値ではない

まとめ — 家電の部品を3Dプリントで作る前に確かめる順番

まとめ — 家電の部品を3Dプリントで作る前に確かめる順番

家電の部品を3Dプリントで作るかどうかは、次の順に確かめると迷いが減る。

  1. その部品は、熱・食品・口と肌・電気・強い力と回転の線のどれかに当たらないか。当たるなら作らない。迷っても作らない
  2. 外側の小さな部品か。電気の接点を持たず、動力も重さも受けないか
  3. メーカーの純正部品や、メーカーが公式に出している3Dデータが無いか
  4. 寸法を測り、形をコードで書いて寸法を機械に確かめさせ、スライサーで時間と材料を見積もる
  5. 取り付けに家電を開ける必要があるなら、保証と感電の注意を先に確かめる

今回の 120 件で候補に残ったのは3件だけだった。少なく見えるが、それは3Dプリンターの精度の問題ではなく、この記録で足りなくなっていた部品の多くが、もともと作ってはいけない側にあったということだ。作れる部品を探す前に、作らない部品を決めておく。そうすれば、3Dプリンターの出番は、外側の小さな部品のところに残る。

寸法を測る段では、ノギスが1本あると早い。

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参照

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